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【読書コラム】失敗学のすすめ - 住宅ローンの功罪

こんにちは!
今回も読書コラムを書いていきたいと思います。テーマ本は東京大学名誉教授の畑村洋太郎さんという方の著書『失敗学のすすめ』(講談社文庫)。この本は、世の中で忌避されがちな「失敗」から学ぶことの大事さや、創造性における失敗の必要性について述べた本です。

取り扱う内容は、現場レベルから経営レベル、個人の生き方から組織論までと広範囲におよび、非常に示唆に富む良書であると思います。今回は、家計のという一風変わった観点から創造性のために必要な考え方について考察したいと思います。

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おことわり

本文に入る前に、何点かおことわりしておきたい点がありますので、ご承知の上お読みいただければと思います。

1. 読書コラムという形式
まずは本記事のスタンスについてです。本記事では、私がテーマ本を読んだことをきっかけに感じたことや考えたことを書いていくものとなっており、その意味で「読書コラム」という名称を使っています。

書評を意図したものではないので、本の中から筆者の主張を汲み取ったり、書かれた時代背景や文学的な考察をもとに読み解こうとするものではないので、そういうものを求めている方には適していないと思います。あくまでも「現在の私が」どう考えたかについての文章です。人によっては拡大解釈しすぎではないかとも思うかも知れませんが、その辺りは意見の違いということでご勘弁いただきたいところです。

2. 記事の焦点
どうしても文章量の都合とわかりやすさの観点から、テーマ本に描かれている色々な要素のうち、かなり絞った内容についての記事となっています。
本当は色々と書きたいのですが、どうしても文章としてのまとまりを考えるとそぎ落とさざるを得ない部分がでてしまうのが実情です。

3. ネタバレ
今回は小説では無いですし、あくまで一般的な論点なのでネタバレは特に気にしたなくていいと思います。

前置きが長くなってしまいましたが、ここから本文に入っていきたいと思います。

総括

今回の主な論点は、失敗を生かしたり、創造性を高めるために個人として心掛けることはなんなのか?ということです。もちろん、これはシンプルな結論を得られるものではないですが、色々な角度からものごと考えることは悪いことではないはずです。そこで今回は家計的な観点からこの論点について考えてみたいと思います。

今回の記事での結論としては「失敗できない状況を作らない」ことの重要性であり、それに付随して「住宅ローンが失敗できない状況を作り出してしまう」ということを議論したいと思います。

それでは、詳しく見ていきましょう。

「失敗学のすすめ」

この本に書かれている内容は、我々の普通の感覚だとネガティブに捉えがちな「失敗」を前向きに捉えるべきだというものです。最近は少し潮流も変わってきた感じはしますが、それでも、失敗に直視して将来の礎にすべきである、という主張は現代人の一人一人が改めて心に留めておくべき内容だと思います。

この本の前半では、歴史的な失敗が人類の発展に与えた影響や、失敗の特徴を解説しています。特に、組織のなかで失敗についての情報の伝わり方や、これらの情報が隠蔽されやすいという解説はなかなか印象的でした。

そして更に、改善的活動に留まらず、創造的な活動においても失敗がかかせないことも主張しています。思いついたアイデアを仮想演習し、修正を繰り返すことで創造的なものができる。これは昨今話題になっている「デザイン思考」と呼ばれる考え方と殆ど同じで、今をときめくGoogleの企業文化ともピタリと一致しています。

この本の面白いところは、現場の設計レベルの話だけでなく、経営や仕組みづくりにまで議論が及んでいることです。そういう意味で一般的な会社員から経営者まで、幅広い方におススメできる本です。

今回はこの本からの学びとして、失敗を活かしたり、創造的なものをうみだすための家計のあり方を考えてみたいと思います。

なぜ失敗を隠すのか?

ここのところ、日本企業の不祥事が相次いでいるのは皆さんご存知かと思います。少し前の話になりますが、東洋ゴムの品質についての不祥事や、東芝の不正会計問題、最近の話だと、吉本興業によるコンプライアンス違反の問題などでしょうか。

全てではないですが、そういった不祥事の特徴として初期対応のミスが挙げられると思います。多くのケースで、不正が行われた時点で、組織内にその不正を把握していた人がいたにも関わらず、それを防ぐことができなかったというわけです。失敗を隠そうとすることで傷口が広がり、取り返しのつかないレベルの不祥事へと繋がってしまいました。

ここで重要なのは、なぜ人は失敗を隠してしまうのか?という点です。この問いを考える上で、本の中で述べられている以下の文がヒントになると思います。

「失敗情報は組織内を上下動しない」という性質があります。
(中略)
組織内の階層間を失敗情報が上下するとき、単なる失敗情報だけでなく、過ちを犯した人たちへの評価も同時に上下します。先ほどと同じように、「これで自分たちの評価が下がる」「自分たちの仕事に不利である」という意識がこのとき働くことは避けられないことで、失敗情報は上にも下にも伝達されることを嫌うのです。


この文章は非常に的を射ていると考えられ、会社員であれば、ある程度身に覚えがある方も多いのではないかと思います。自分自身がそういう立場に立たされるケースはもちろん、自分の上司や同僚が、失敗をおおごとにしないよう隠蔽を図っているのを目の当たりにした経験がある人も多いでしょう。

特にこれは中間管理職にとって致命的になると考えれます。なぜなら、管理職と言えども雇われの身であり、それでいて労働組合にも守られていない彼らは、組織内での失敗がそのまま減給や、最悪の場合、職を失うことにもなりかねないからです。だからこそ、致命的な失敗の情報は隠蔽されると言えるのでしょう。

失敗が許されない家計的事情

さて、前章にて減給や職を失うことへの恐れが失敗を秘匿する理由一つではないかという仮説を立てたわけですが、ここではそれをもう少し深掘りしてみます。つまり、なぜ減給や失職がそこまで辛いのか?ということです。そんなこと当たり前じゃないかと言われるかもしれませんが、その当たり前を考えてみることも大切だと思います。

僕が考えるその理由を端的に言うと、住宅ローンの影響です。自身の生活費はある程度切り詰めることはできますが、人から(金融機関から)借りたお金はそうはいきません。ある一定の返済条件を前提として借りたお金を、約束通りに返済出来ないとなると、社会的ペナルティは避けられません。

要するに、住宅ローンを抱えた会社員の減給や失職は、負債の返済能力の喪失、つまり家計の破綻を意味するのです。基本的にはそれは絶対に避けなければならないことであり、だからこそ会社での致命的な失敗は避けねばならないのです。今は以前よりは減っているのかもしれませんが、それなりの規模の企業の管理職は、マイホームによる住宅ローンを抱えている人が多いのではないかと思います。そう考えると、この人達が失敗情報を止めてしまい、それが致命的な不祥事に繋がったと考えても不思議ではないでしょう。

ここから見えてくるのは、失敗の隠蔽は失敗できない事情によるものだということです。もちろん、失敗を他人に見せたくないという心理的な影響(いわゆる対面)もあったでしょうが、もっと切実な問題として、減給や失職に耐えられるような家計状態では無かったという側面もあったのではないでしょうか。

このような失敗の秘匿をさけるために会社としてすべきことは、失敗を批判しないことが挙げられるでしょう。これはこの本の中でも強調されていることであり、失敗を生かす文化・仕組みを作り、失敗に対して懲罰的な制度をやめることが大事であると主張しています。

では、個人としてすべき事はなんでしょうか?

僕は、それは「失敗できない状況を作らない」だと思います。何かをする際、失敗出来ない状況を作って自分を追い込むべきだという意見もありますが、僕はそうは思いません。確かに火事場の馬鹿力という言葉もありますが、失敗できないプレッシャーの中で、冷静に、そして誠実に行動できる人は多くないと思います。だからこそ、適切にリスクヘッジを行い、たとえ失敗しても致命的なダメージを受けないような状況を作っておくことが必要であると思うのです。

もちろんお金が全てではないと思いますが、やはり家計の面での対策が重要です。ということで、ここからは具体的な家計の話をしたいと思います。論点は、上記で登場している住宅ローンについてです。

住宅ローンの功罪

自身が住む家について、持ち家か賃貸かの論争はよくなされているかと思います。ここまで読んだ方なら想像できる通り、僕は賃貸を推奨します。ただ、下記の議論を見れば分かる通り、一括で買えるだけのキャッシュの余裕がある人ならばその限りではありません(キャッシュがあれば持ち家を推奨するというわけでもありませんが…)

この論点に関して、 良く家計のバランスシート論がなされます。ご存知ない方のために簡単に説明すると、バランスシートとは総資産における自己資産と負債(借金)の内訳を記載した帳票のことです(細かい話をするときりがないので、とりあえずざっくりとした説明として理解頂ければと)。「住宅ローンを使って持ち家を買うと、総資産における債務の割合が高くなりすぎる」とか「会社と家計は違うからバランスシートの偏りはそこまで気にする必要はない」といった議論ですね。

それも大事だとは思いますが、個人的にはそれより、キャッシュフローの劣悪化と慢性的なキャッシュ不足が問題だと思います。良く家計が火の車であるという話を聞きますが、その原因の大部分はこの住宅ローンと言えるでしょう。労働の対価として稼いできたキャッシュを、キャッシュとして蓄積するのではなく、不動産という流動性の低い資産のローンにあてるのが住宅ローンの本質です。そのため、住宅ローンの返済をしている限り、慢性的に手元のキャッシュが足りなくなってしまうわけです。

ここでも簡単に解説しておくと、ここで言うキャッシュとは、現金に限ったものではなく、銀行預金や換金性の高い有価証券(上場企業の株式や国債など)も含みます。逆に不動産などの換金性の低い(お金にするのに時間がかかる)資産はキャッシュとは呼びません。キャッシュフローとは、ざっくり言うと、このキャッシュの出入りのことと理解して頂ければ大丈夫です。

ポイントは、家計の破綻はキャッシュの不足であるということです。短期的にキャッシュフローが赤字になったとしても、手元にキャッシュがある限り、生活を維持することは可能です。しかし、債務の返済期限(ローンの支払日)に、その支払いができるだけのキャッシュが手元にないケースが問題となり、これが家計の破綻を意味します。

これは余談ですが、いわゆるサラ金と呼ばれる消費者金融というビジネスが成立しているのも、家計の破綻を防ぐための姑息的な対処として使われているため、という側面が大きいのだと思います。もちろんそれは一時凌ぎでしかなく、(だいぶ改善されているとは言え)過大な金利というペナルティを負うことにもなります。このようなビジネスが成立するのは、担保にできる不動産(マイホーム)はあるけどキャッシュがない、という人が一定数いるためです。

そこから導かれる帰結は、キャリアの穴が許されないということです。住宅ローンを背負っている以上、慢性的なキャッシュ不足はさけられないので、数ヶ月単位で収入が途絶えることは家計の破綻に直結します。転職市場が最近になるまであまり活性化しなかったことの原因も、日本の社会人が大学に戻って学び直すことが少なかった原因もおそらくここにあるのでしょう。住宅ローンは基本的には終身雇用が大前提です。

そのため、住宅ローンに縛られているうちは保守的にならざるを得ませんし、日本の社会人が保守的なのはある意味で当然なのです。新しいことにチャレンジして失敗しようものなら、再起不能なほどのダメージを受けることになりかねません。要するに、「住宅ローンが失敗できない状況を作り出してしまう」というわけです。ある意味で、失敗できない状況に身を置く見返りとして多額の借金ができているとも言えるでしょう。

もちろん、全ての負債が悪いとは言いませんし、ローンを組んでマイホームを持つことが必ずしも否定するつもりはありません。何に価値を感じるかは人それぞれなので、マイホームに人生のかなりの部分を捧げる価値があると感じるならば、無理をして購入するという選択もありなのかもしれません。

しかし、それにより得られるものと失うものを冷静に判断することは必要ではないかと思います。人生で取れるリスクや選択肢は自ずと限られてしまうので、それをどこにどのように使うかはよく考えるべきでしょう。住宅ローンを組んでマイホームを購入するということは、自身を失敗できない状況に置くこととなり、新たなチャレンジや失敗の機会を著しく奪うことになります。少なくともマイホームについては、ただなんとなくみんなが持っているから、という漫然とした憧れで購入するにはあまりにも高い買い物であると思えてなりません。

まとめ

今回は失敗学について、主に家計の観点から考えてみました。創造性のために失敗することが重要であるならば、失敗できない状況を作らないことが最善の策だと思います。度重なる不祥事もそうですが、日本企業があまりイノベーションが起こせないと言われているのも、自身の支払い能力を大幅に超えた住宅ローンを抱えた会社員が多いからなのかもしれません。

それでは、また!