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【読書】本質的な速読法 - 「具体と抽象」の観点から

こんにちは!

このブログでは、いつも読書コラムと称して本を読んで感じたこと、考えたことを書いているわけですが、今回は少し趣向を変えて僕の普段行なっている本の読み方について書いてみたいと思います。

 

僕は普段、ビジネス書や実用書を1日1冊のペースで読んでいるわけですが、最近「どうやってそんなに早く本を読んでいるのか?」という質問を受けることが多くなっています。今回の記事では、その回答として「具体と抽象」という観点から考察した速読法について紹介します。

 

 

おことわり

先に明確にしておきますが、僕自身も自分の本の読み方が万人にとってのベストであるとは思っていません。あくまでも一つのやり方であって、本の読み方・楽しみ方は人それぞれだと思いますし、そもそも速読を行うことが必ずしも正しいわけでもありません。事実、僕も小説やエッセイの類の本についてはここに書いているような速読法は実践していません(その理由もあとで書いておきます)。

 

それでも、ここに書いてある内容は「目線の動かし方」とか「潜在意識を利用する」といったような小手先のテクニックや、よくわからない感覚に訴えるような方法論ではなく、文章の構造を考慮した本質的な考え方であると思っています。すぐに実践して効果が出るようなものではないかも知れませんが、少しでもお役に立てるようであればうれしいです。

 

具体と抽象

僕の本の読み方を議論する上で重要な考え方が「具体と抽象」です。もともと無意識にやっていた読書法ではありますが、先日、細谷功さんの「具体と抽象(dZERO)」という本を読んで、それをきちんとした形で言語化することができました。

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具体とは実体に近い領域を表す言葉です。一つ一つの事象や物事を個別の物事として捉えるという考え方であり、身近に感じることができることから、比較的わかりやすいのが特徴です。僕はこの具体的な言葉に対して「解像度が高い」言葉という呼び方をしています。

 

一方、抽象とは個別の物事の共通部分や一般的法則を取り出して、一つにまとめたものを表します。一見して実体とは離れているように見えることから、抽象的な言葉の取り扱いに慣れていない人にとってはあまりピンとこない、つかみどころがなくてやや理解しにくいのが特徴です。具体的な言葉を「解像度が高い」言葉と呼んでいるのに対し、僕はこの抽象的な言葉を「解像度の低い」言葉と呼んでいます。

 

わかりやすい例が生物の分類法です。「犬」という言葉が抽象的概念であれば、具体的な概念は「ダックスフンド」「シェパード」「チワワ」などの個別の犬種にあたります。コンピュータのフォルダ階層のイメージにも近いかもしれません。ポイントは、具体か抽象かの尺度はあくまで相対的なものであり、「犬」の上位には「哺乳類」や「4本足の動物」、「動物」、「生物」などの更に上位の概念がありますし、「シェパード」の下位には「Aさんの飼っているシェパード」「〇〇警察署の看板犬」といった下位の概念もありえます。

 

別の例としては会社組織があげられます。工場の現場などで良く耳にする愚痴として「営業は現場を理解していない」という言葉があります。もちろん営業という実体はないので、その言葉の意味するところは、営業部門の人たち(例えばAさん、Bさん、Cさん)は全体的に現場を理解していない傾向がある、ということです。つまり、Aさん、Bさん、Cさんの共通点をまとめて「営業は現場を理解していない」という言葉になるわけです。これがいわゆる抽象化です。

 

もっと言うと、そもそもこの説明自体も「具体と抽象」の典型例であると言えます。一番はじめに書いた「具体と抽象」の一般的な説明が「抽象的な」説明であり、それを犬の例や営業の例などの「具体的な」例を使ってその概念を理解しやすく説明している、というわけです。

 

本全体の構造を理解する

ここで、速読の話に戻りますが、僕の実践している速読法を一言で言うと「抽象的な概念をしっかり読み、具体的な説明はさくっと読む」というものです。もっと砕けた言い方をするなら「要するにこの本は何を言いたいのか?」に特に着目すると言ってもいいかもしれません。「この文章では要するに何が言いたいのか?」というところにフォーカスして読み進め、それ以外の部分はさくっと読み流す感じです(余談ですが、日常の何気ない会話でこれをやると嫌われる可能性が高いので注意が必要です(笑))。

 

端的にいうと、本全体の構造をつかむことを重視しているとも言えます。そのためのポイントは、抽象的な概念を追いかけるということです。具体的な事例や説明は抽象的な概念を理解するための補助的な役割であると考えると、抽象的な言葉で理解できるのであれば、具体的な説明ははさらっと読み流しただけでも本の構造は理解できるし、極論を言えば読まなくても何とかなります。

 

前の段落の「具体と抽象」についての説明を使って説明しましょう。上記の「具体と抽象」の説明をこの読み方に沿って考えると、あらかじめ「具体と抽象」という概念を理解している方なら、それに続く具体例はさして読む必要はないということです。なぜなら、抽象的な文章に続く例え話は「具体と抽象」の理解を助けるための補助的な説明に過ぎないからです。「具体と抽象」を知っている人なら、細かく文章を追わなくても「犬」「シェパード」「チワワ」という単語を見れば、「ああ、この人は犬と犬種の概念を例として、具体と抽象を説明しているんだな」と理解できることは想像に難くないと思います。

 

解像度を意識する

このような視点で文章を読もうとするとき、重要なのは今話している内容は具体的な事例の話なのか?抽象的な話なのか?という文章の解像度を意識する必要があるということです。

 

きちんとした文章の肝は「具体」と「抽象」の往復運動と言えます。具体的な事例から抽象的な法則や共通点を見出していくこと(抽象化)、抽象的な概念を具体的な例を使って表現したり、具体的な応用例を解説したりすること(具体化)。これをくりかえして「具体と抽象」の間を行ったり来たりしながら言葉を紡いでいくのが良い文章の基本であると言われています。

 

だからこそ、今読んでいる部分は相対的に具体の部分なのか?抽象の部分なのか?という「文章の解像度」のレベルを意識することが重要です。これらのレベルを認識することで、抽象的な説明はじっくり読む、具体的な説明はさらっと読み流す、という戦略をとることができます。

 

基本的に、ビジネス書や実用書を読む目的は、一般的な法則(知性・知識)を知ることだと思います。ビジネス書ならば、うまくいっている会社について知ること自体が目的ではなく、「うまくいっている会社の共通点はなにか?」とか、「うまくいっている会社の事例を応用できないか?」を理解することが目的であると言えます。

 

そう考えた時、具体的な各社の事例はそこまで深追いする必要はなく、「要するに」その会社がうまくいっている秘訣はなんなのか?とか、うまくいっている会社に共通する法則はなんなのか?をきちんと読むのが大事です。逆に、〇〇CEOがどう言うことを言ったとか、△△州でうんぬんといった話はそこまで熱心に読む必要はありません。多くの人の場合、特定の企業を立て直したCEOの名前や、その企業のルーツとなった州の名前を問うクイズに答えられることが目的ではないと思います。数ページかけたエピソードに対して、「要するに」外部から招いたCEOを登用したけど結局うまくいかなかったよ、という程度の理解で十分なことが多いでしょう。

 

慣れていない間はどこを読み、どこを飛ばすべきかがよく分からないかもしれませんが、ある程度慣れてくると割と簡単に見分けられるようになります。

 

一般的には先の例のように、具体的な人名や会社名が出てくるようなケーススタディはそこまで深入りする必要はないです。また、これまで何度も話した通り、例え話もあくまで補助に過ぎないので流してしまって構いません。

 

また、抽象的な概念を見分けるポイントで一番わかりやすいのが太字です。親切な本ならば重要な部分を太字にしてくれているので、その部分をアンカーとして文章を追っかけていくと全体の流れを見失わずに本を読めます。細かく節分けされているような本(数ページに一つ節があるようなもの)は、そもそもその節の名前自体が抽象概念をまとめたものになっているものが多いと言えます。

 

そうでない場合は、文頭に着目すると良いと思います。これまでこの文章の中で何度も出てきている「要するに」を筆頭として「結論としては」「まとめると」「重要なのは」などの言葉を追い掛けるだけで本全体の構造やロジックを理解できてしまうこともあります。

 

これは僕のフィーリングですが、抽象的な概念の多くは本の前半にかたまっている傾向があると思います。おそらくそれは、「具体」と「抽象」の行ったり来たりがあるとはいえ、まずは抽象的な概念を説明した後、その具体例や応用法を解説していることが多いからだと思います。その根本的な理由は定かではないですが、本を読むときには前半部分に集中する意識は持っていてもいいかもしれません。

 

最適な解像度

「抽象はしっかり読んで、具体はさくっと読む」というのはわかったとして、問題は「具体的な部分」をどのくらいさくっと読むべきか?というところだと思います。一語一句漏らさず読んだら時間がかかってしましますが、1ページ1秒で読めと言われてもそれだと何も頭に入らないことは明らかです。

 

僕が考える最適な「さくっと感」は、「抽象的な言葉が理解できるかどうか?」が一つの目安になると思います。もう少し具体的にいうと、自分の言葉でその理由を説明したり、例え話ができるくらい理解できるくらいのスピードがちょうどいいと思います。それができない程度の理解度であれば、読んでいる解像度が低すぎるので、もう少しゆっくり具体の領域を読んほうが良いと思います。このパラグラフで例えるならば、冒頭の「抽象的な言葉が理解できるかどうか?」の一言で何を言っているのかが理解できるのであれば、その後の文章は流し読みで良いです。もっといえば、この記事自体「抽象的な概念をしっかり読み、具体的な説明はさくっと読む」という言葉でしっくりくるならば、その後の文章はそこまでしっかり読む必要はありません。

 

もう一つの基準は時間です。個人的にはだいたい一冊につき1時間、長くても2時間かけないペースで読むくらいが良いと思っています。それ以上かかるようであれば解像度が高すぎるので、もうちょっと流していく感じで読むと良いです。僕がよくやるやり方は、読み始めて30分くらいたった時点で全体の1/4より進んでいなければペースを上げるというやり方です。 だいたいその考え方に沿っていけば、長くても2時間で読み終わりますし、抽象的概念の説明が前半に偏っていることを考慮すると実際はもっと早く読み終わることも多いです。

 

ここで一つの問題が生じます。それは時間に従ったペースで読んでいたら、読んでいる本が何が言いたいのかが全然理解できない、というケースです。その場合は、その本のレベルが自分に合っていないということなので、もうちょっとわかりやすい本にシフトするのが有効です。

 

レベルが合っていないというのは、決してその人の能力が低いという意味ではなく、その本を読むにあたっての前提知識が足りないというだけの話なので、別に恥じる必要も悲観する必要もありません。ある分野の専門をよく知っているからと言って、他のことを知っているとは限らないし、それまであまり触れていない分野のことは知らなくて当然です。今は入門書や「マンガでわかる」というタイプの本も多いので、そのあたりから手をつけ始めてもいいと思います。

 

心がけていること

僕が本を読む時心がけていることは、なによりも完璧を目指さないということです。ゆっくり読んだところで理解が深まるかというと必ずしもそうでもないし、どうしても納得できないのならもう一度読み直せば良いわけです。個人的には1冊に5時間もかけて読むくらいなら、解像度を1/5にして5回読んだほうがよっぽど頭に残ると思っています。

 

ゆっくり読むことの弊害は本の全体の構造が見えにくくなることです。木を見て森を見ず状態になってしまうと言ってもいいかも知れません。人はそこまで長時間継続して集中することができないので、どうしても細切れの情報になってしまい、「要するに」本全体で何を言いたいのかがわからなくなってしまいます。イメージとしては、日本の形を知るために日本地図を取り出したけど、虫眼鏡で細々とした地域を一つ一つ見ていった結果、日本がどういう形をしているのかがわからないという状態です。

 

確かに具体的な話は往々にして面白いことが多く、その誘惑に抗うのは大変です。一方で抽象的な概念は退屈だし、わかりにくいし、実生活にすぐに役に立つものではありません。例えばサイコパスの一般的な特徴というと少し味気ないですが、一人一人のサイコパスの行動には、怖いもの見たさのような興味を惹かれます。また、ビジネス書に出てくる個別の会社のエピソードはドラマチックで感動を覚えることすらあります。しかし、その欲求をほどほどに抑え、本全体の構造を見失わないようにすることが必要だと思うのです。

 

そのような誘惑に対する一つの対処法は、興味を惹かれた部分に特化した本を読むことです。たとえば、新興巨大企業についての本を読んでいて、特にFacebookのビジネスモデルに興味を惹かれた場合、その本の中ではさらっと読んでおいて、そのあとにFacebookについての本を読めばいいのです。そうやって、本単位で具体と抽象の間を泳ぎつつ、一冊の本を読むときは抽象レベルに重点を置く、というのは一つの冴えたやり方だと思います。

 

小説でこの方法を使わない理由

冒頭に書いた通り、僕はこの速読法は小説やエッセイには使っていません。それは、小説やエッセイは物語構造だけでなく、細部にも大きな魅力を感じるからです。なんでもない会話や風景描写は、今までの議論の言葉を使うなら非常に解像度の高い表現であり、物語構造を掴むだけなら読み飛ばしても全く問題のない部分です。しかし、そんな細部にこそ小説の魅力が詰まっていると僕は思うのです。

 

ご存知の方も多いと思いますが、有名な日本近代文学の作品に「檸檬」という短編があります。現代に至るまで非常に人気の高い小説だと思いますが、その物語構造を端的に言うと「ちょっと神経衰弱気味の青年が、本屋にいって檸檬をおいてくる」というだけの作品です(笑)。これだけ聞くと身もふたもない話ですが、今日まで語り継がれるほどの人の心を揺さぶるのは、詩にも例えられるほどの文章表現の美しさだと思います。僕はそう言った表現に現れる美しさにも目を向けたいという気持ちがあるので、小説にはこのやり方を実践しないということです。

 

もちろん、本を読む目的や、本のどこに魅力を感じるかは人それぞれなので、小説を速読すべきでないとか、ビジネス書はじっくり読む必要はないと言うつもりは全くありません。そこは、人それぞれが本を読む目的を考えながら自分の読書スタイルを確立すればいいのではないかと思います。

 

まとめ

今回は僕が普段やっている読書法について書いてみました。再三書いている通り、別に僕のやり方が絶対に正しいというつもりは全くありませんし、本は人それぞれ色々試しながら自分のスタイルで読めばいいと思っています。ただ、速読はしたいけどなかなかうまくいかない、という方に対して何かしらのインスピレーションを与えることができたなら幸いです。

 

ちなみに、ここに書いた考え方をそのまま裏返したのが文章の「書き方」です。文章の作成においても「具体と抽象」の往復運動は不可欠です。まあ僕の文章を読んでそれに説得力を感じるかどうかの判断はお任せします。。。

それでは、また!