たった一つの冴えた生き様

筋トレや読書などなど、自分のライフスタイルについてつらつらと。

【読書】0才から100才まで学び続けるということ

こんにちは!

僕のTwitterを見ていただいている方はご存知かもしれませんが、最近落合陽一さんの「0才から100才まで学び続けなくてはならない時代を生きる学ぶ人と育てる人のための教科書」買って読んでみました(タイトルが長い(笑))。

以前の一日一冊読書の記事で、一日一冊読書を始めて感じたことを書くつもりだと書きましたが、この本を読んでその内容がかなり自分の頭の中が整理されたので、本の内容も少し参照しつつ書いていきたいと思います。

【読書】1日1冊読書を始めた経緯 - たった一つの冴えた生き様

f:id:KinjiKamizaki:20181222160827j:plain


ゼロヒャク教科書

私がこの本を知ったきっかけはTwitterでこの本についての宣伝が流れてきたことでした。タイトル見て、自分が読書を続けてきて感じたことと見事に一致していたので、とある機会に買って読んでみたというわけです。

本の構成としては三部構成になっており、インタビュー形式で落合さんの学習・教育論を語る第一部、当人の学習履歴を紹介する第二部、「STEAM教育」と呼ばれる学びの考え方を紹介する第三部、という形になっています。本全体を通して「学ぶとはどのようなことなのか?」「これからの時代を生きていくうえで学ぶことは何なのか?」というテーマで語っています。

一日一冊読書の記事でも書いたとおり、私の読書週間はもともと知的好奇心から端を発したものです。しかし、実際にやってみて、学ぶことについてはだいぶ色々と考えさせられました。そうやって漠然と考えていたことが、この本の内容とかなり一致していたので、改めて頭の中が整理できたなと感じます。

なぜ学び続けるのか?

私が学び続ける理由を一言で言うと、「自分の人生を生き抜く力をつけるため」という回答になります。もう少し大げさな言い方をするならば、「自分や自分の周りの人たちを護る力をつけるため」と言ってもいいかもしれません(全然関係ないですが、「護る」という漢字が結構好きです。「守る」より優しさが感じられる気がします)。

もちろん、この世の中を自分ひとりで生きていくことはできませんし、たかが一個人のできることは限られてきますが、他者や組織に過度に依存せず、自分の人生を自分で切り拓くだけの力をつけるという意識は常にもっていたいと感じています。それこそが学び続けている理由です。

人生100年時代を生きる世代

今となってはだいぶ認知度が上がってきたので、敢えて強調する必要はないと思いますが、今の20代・30代の人の多くは、100才まで生きる可能性が高いと言われています。このゼロヒャク教科書の冒頭でも説明されている通り、有名なビジネス書の「LIFE SHIFT(リンダ・グラットン著)」でハイライトされたことで一挙に有名になった未来予想です。

この「LIFE SHIFT」で提唱されているのは、人生モデルの変革です。これまでの人生モデルは、下記の三段階からなるとされていました。

0 ~ 20才:教育

20 ~ 60才:勤労

60才 ~: 引退

この本はロンドン・ビジネススクールの教授の方が書いた本ですが、日本人の従来の人生モデルのイメージとも一致します。大学までは勉強し、それを使って60才くらいまで働き、引退後は穏やかな余生を過ごすというスタイルは多くの方の持っている日本人の人生イメージと一致すると思います。

ここで発生する問題は、人間の長寿化にともない勤労年数がどんどん延びていくということです。特に、少子高齢化が急激に進む日本では、この問題は他の先進国と比べても重大なものとなることが予想されます。年金受給年齢の引き上げや引退再雇用が増えているという話は聞いたことがある方も多いでしょう。

学生時代のストックで逃げ切れるか?

このような世の中の流れを考えたときに行き着くのが、上記の問いになるのだと思います。「100才まで生きる人生において、20才までに学んだ知識やスキルで生き抜くことが可能なのか?」と言い換えても良いと思います。もちろん未来予測に「絶対」はないので、絶対に無理かといわれればそうではないと思いますが、僕はなかなか難しいと思います。それこそが学び続ける理由です。

変化の激しい時代を生きる

特に今は変化の激しい時代です。20年前はパソコンを持っている家庭はとても限られていましたが、今ではパソコンどころか一人一台スマホを持っているのが当たり前の時代となりました。それ以外でも、10年前、20年前には想像もできなかったテクノロジーやサービスが、今では当然のように世の中に出回っています。それこそSF小説やアニメの世界のテクノロジーが現実化している時代です。

このような時代では個人や組織の持っている知識やスキルがあっという間に陳腐化してしまいます。「トラック運転手としての素晴らしい運転技術も、自動運転が普及すればもはや価値を生まないものになってしまう」という例を考えればわかりやすいでしょうか?また、AIによって自分の仕事が将来奪われるのではないかと心配している方もいるかもしれませんね。

もちろん未来がどうなるかは誰にもわからないので、もしかしたらこのような心配は杞憂であり、のほほんと過ごしても幸せな人生を過ごせるかもしれません。ただ、学習というものはすぐに効果の出るものではないので、人生が立ち行かなくなってから学び始めるのでは手遅れです。そのためにも、学び続けることが必要であるというのが私の考えです。

困難な時代だからこそ

ちょっと暗い話になってしまいましたが、私自身はいたって前向きに捉えています。困難な時代だからこそやりがいがあると思いますし、予定調和的に安全安心で幸福が約束されている人生よりは、チャレンジしながら自分で切り開いていく人生の方が楽しいと感じます(この書き方だと、どこぞのディストピア小説を彷彿とさせますね(笑))。

また、以前にも書いたとおり、本を読んで新たな知識を得ることはこの上なく楽しいです。ちょうど今日、世界史の本を読んだのですが、高校の頃の授業と同じものとは思えないくらい面白いと感じました。義務感で勉強するのと、自ら主体的に学ぶのでは全然感じ方が異なるのだと気づきましたし、「勉強は辛く、苦痛なものである」という固定観念をはずすと、学問とはこんなにも楽しめるかとわかりました。

何を学ぶかは本当に人それぞれだと思いますし、そこに正解はないと思います。変化が激しいからこそ、他の人が一顧だにしない分野が突然脚光を浴びたり、トレンド分野が尻すぼみになってしまうということもあるでしょう。とにかく興味のあることや世の中で必要とされるだろうと信じるものに対して、無理のない範囲で学びつづけることを心がけるといいのだと思います。

最後にゼロヒャク教科書の引用を紹介して締めたいと思います。それがこちらです。

「これからの長い人生を生きる人々は、水を飲みながら走るマラソンランナーのように学び続けなければなりません。その過程で失敗することも一つの学びであり、その失敗を挽回する時間もたくさんあります。」

僕自身、「人生を走り続けるもの」であると考えていたので、↑の表現はとてもしっくりきました。失敗を恐れずに、どんどん新しいことにチャレンジしながら走り続けたいものですね。

まとめ

今回は僕が一日一冊読書をしていて感じた「学ぶ」という観点で、落合さんの著書を絡めつつ書いてみました。

ちょっと変に不安を煽るような表現になってしまったのは申し訳ないです。ただ、漫然と未来を心配するよりは、ある程度現実に即したリスクを把握したほうが、かえって何をすればいいかがハッキリすると思い、敢えてこういう書き方をしました。ご理解頂けると嬉しいです。

それでは、また!